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京都地方裁判所 平成7年(ワ)232号 判決 1997年8月22日

原告 四代目会津小鉄

被告 国 ほか五名

代理人 新田智昭 山崎裕之 中本敏嗣 谷岡賀美 奥田一 長田賢治 村田泰穂 信田尚志 戸根義道 谷口弘美 ほか一一名

主文

一  本件各訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し五〇〇万円及びこれに対する被告国、被告京都府、被告國松孝次は平成七年二月二一日から、被告塩川正十郎、被告小谷隆一は同月一九日から、被告鈴木良一は同年四月七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本案前の答弁

主文第一、二項と同旨

三  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本案前の主張(原告の当事者能力の有無について)

1  原告

(一) 平成五年法律第四一号による改正前の「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」(平成三年法律第七七号、以下「暴対法」という。)二六条は、暴対法三条の規定による指定処分が違法になされる可能性があることを前提に指定暴力団に指定された団体に対し指定処分に対する審査請求や取消訴訟の提起をすることを認めており、指定暴力団に指定された団体に一定の範囲で権利能力を付与している。そこで、暴対法は指定処分の違法を理由とする損害賠償請求についても指定暴力団に指定された団体に権利能力を付与していると解するべきである。

したがって、暴対法は民訴法四五条の「その他の法令」に該当するというべきであるから、原告は同条及び暴対法二六条によって本件請求について当事者能力を有する。

(二) 民訴法四六条の「社団」というためには「団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定している」ことが必要である。しかし、法人格を持たない種々の団体が実社会には存在して社会活動を行っており、他の法主体との間で紛争が生じることもあるので、その場合に団体がその名において社会的に活動している以上、訴訟上もその名において訴えあるいは訴えられることを認めるのが便宜である。民訴法四六条は右のような趣旨で設けられたものであるから、「社団」または「財団」でなくてもその団体に管理人が存在すればその団体の当事者能力が認められると解するべきである。ところで、原告は伝統的家父長制度による擬制的血縁関係で構成されている団体であって、原告代表者(管理人)を親として、子及び弟並びに原告代表者の判断により構成員とされた準若中によって一家を形成し、原告の内規の制定改廃権限及びその他の決定権は原告代表者に専属し、その一切の決定事項が子及び弟らの多数決による意思決定に影響を受けることはないから、民訴法四六条に定める「社団」ではない。しかし、原告は管理人がいて団体として社会に存在して活動し、京都府公安委員会との間で紛争も生じているから、訴訟上もその名において訴えあるいは訴えられることを認めるのが便宜であり、民訴法四六条によって当事者能力を認められるべきである。

2  被告ら

(一) 暴対法は指定暴力団に義務を課したり活動を制限したりするものではなく指定暴力団の暴力団員の一定の行為を規制の対象としているにすぎない。もっとも暴対法二六条は指定暴力団に指定された団体に対し指定処分に対する審査請求や取消訴訟の提起をすることを認めているが、これは指定暴力団に指定された団体が指定処分の名宛人であるために当該処分を争う限度で当事者能力を認めたものであって指定暴力団に指定された団体に一般的な当事者能力までを認めたものと解することはできない。

したがって、暴対法は民訴法四五条の「その他の法令」に該当せず、原告は同条及び暴対法二六条によって当事者能力を有する者ではない。

(二) 原告は原告が自認するように「団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているもの」という基準を満たしていないから民訴法四六条に定める「社団」ではない。そして、同条は同法四五条の例外規定であるから「社団」または「財団」ではない原告に当事者能力を認める余地はない。

二  請求原因

1  当事者等

(一) 原告は平成四年七月二七日に京都府公安委員会から暴対法による指定暴力団に指定された団体である。

(二) 被告国は国家公安委員会及び警察庁をその機関としている。

(三) 被告京都府は京都府公安委員会及び京都府警察をその機関としている。

(四) 被告塩川正十郎(以下「被告塩川」という。)は平成四年二月五日から同年七月二七日までの間(後記3(一)から(六)までの間)国家公安委員会委員長の地位にあった。

(五) 被告鈴木良一(以下「被告鈴木」という。)は平成四年二月五日から同年七月二七日までの間(後記3(一)から(六)までの間)警察庁長官の地位にあった。

(六) 被告國松孝次(以下「被告國松」という。)は平成四年二月五日から同年一〇月二九日までの間(後記3(一)から(七)までの間)警察庁刑事局長の地位にあった。

(七) 被告小谷隆一(以下「被告小谷」という。)は平成四年二月五日から同年一〇月二九日までの間(後記3(一)から(七)までの間)京都府公安委員会委員長の地位にあった。

2  暴対法の制定等

国会は平成三年五月一五日に暴対法を成立させ、これを受けて政府は同年一〇月二五日に政令第三三五号(以下「施行令」という。)を制定し、同日に公布した。また、国家公安委員会は同日に国家公安委員会規則第四号(以下「施行規則」という。)及び同第五号(以下「聴聞規則」という。)等を定めた。暴対法、施行令、施行規則、聴聞規則はいずれも平成四年三月一日が施行期日であった。

3  不法行為

(一) 指定発表

警察庁は平成四年二月五日に暴対法により原告を指定暴力団に指定する予定である旨発表した。

(二) 訓示発表

被告鈴木は平成四年二月二六日に全国暴力団対策主管課長会議で暴力団の間に暴対法の指定逃れの動きや抗戦の構えが見えるので暴対法の円滑な施行に全力を挙げるように訓示した。そして、警察庁はその日にその訓示内容及びこれを根拠付ける指定逃れの具体的事実を発表して社団法人共同通信社らに報道させた。

(三) 聴聞通知書の送達

京都府公安委員会は平成四年四月二四日に原告に対し指定聴聞のための聴聞通知書(四京公安第五〇六号)を送達した。これに対し原告がその聴聞通知書の受領を拒絶したので、京都府公安委員会は同日に右聴聞通知書を差置送達した。

(四) 忌避申出却下処分

京都府公安委員会は平成四年五月二一日に原告による忌避の申出を却下した。

(五) 聴聞終結処分

京都府公安委員会は平成四年五月二一日午後一時三〇分から実施された聴聞で最後まで指定をしようとする理由を告知せず、法令違憲についての陳述を十分させないまま聴聞を終結した。

(六) 指定処分

京都府公安委員会は平成四年七月二七日に暴対法により原告を指定暴力団に指定した。

(七) 裁決処分

原告は京都府公安委員会による右の指定処分を不服として平成四年八月三日に国家公安委員会に対し審査請求をしたが、国家公安委員会は京都府公安委員会に対し新たな証拠書類や証拠物等の提出を求めることなく、また同年一〇月九日に原告代表者が違法な手続である旨主張した上、任意の陳述を行った後に口頭意見陳述や審尋をすることなく、同年一〇月二九日にその請求を棄却する旨の裁決をした。

4  被告らの責任

被告塩川、被告鈴木、被告國松、被告小谷を含む国家公安委員会、警察庁、京都府警察、京都府公安委員会に所属する公務員ら(以下「警察関係者ら」という。)は共謀の上、平成三年四月ころまでに違憲の法律である暴対法を成立させ、施行令及び施行規則の施行により原告を指定暴力団に指定して壊滅させることを企て、その目的であらゆる施策を講じることを謀議した。そこで、警察関係者らは暴対法により原告を指定暴力団に指定する予定である旨公表して法令施行前に指定暴力団に指定されたのと同様の社会的効果が生じるように報道機関に対し情報を操作した。また、警察関係者らは暴対法が違憲の法律であり、原告に対する前記指定発表、訓示発表、聴聞通知書の送達、忌避申立却下処分、聴聞終結処分、指定処分、裁決処分がいずれも違憲違法であることを知悉しながら、原告に損害を与える目的であえてこれらを行った。

5  損害

原告は結社の自由を制限された上、「暴力団」の汚名を着せられて任侠団体としての名誉と信用を侵害された。その損害は二〇〇万円を下らない。

また、原告は指定処分取消訴訟、裁決処分取消訴訟、本件訴訟の提起を余儀なくされ本件訴訟提起における弁護士報酬として訴訟代理人三名に対し各一〇〇万円を支払った。

6  よって、原告は被告らに対し、不法行為あるいは国家賠償法に基づく損害賠償として各自五〇〇万円及び訴状送達の日の翌日である被告国、被告京都府、被告國松は平成七年二月二一日から、被告塩川、被告小谷は同月一九日から、被告鈴木は同年四月七日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

但し、暴対法の成立の日は平成三年五月八日である。

3(一)  同3(一)の事実は否認する。

(二)  同3(二)の事実のうち被告鈴木が平成四年二月二六日に全国暴力団対策主管課長会議で原告が主張する内容の訓示をしたこと、警察庁がその訓示内容及び暴対法の施行に関連する暴力団の動向について広報したことは認め、その余は否認する。

(三)  同3(三)の事実は認める。

(四)  同3(四)の事実は認める。

(五)  同3(五)の事実のうち京都府公安委員会が意見陳述を制限したこと、聴聞を終結したことは認め、その余は否認する。

(六)  同3(六)の事実は認める。

(七)  同3(七)の事実は原告代表者が違法な手続である旨主張したことを除いて認める。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

第三判断(本案前の主張について)

一  暴対法による権利能力の付与の有無

暴対法は、「暴力団員の行う暴力的要求行為等について必要な規制を行い、及び暴力団の対立抗争等による市民生活に対する危険を防止するために必要な措置を講ずるとともに、暴力団員の活動による被害の予防等に資するための民間の公益的団体の活動を促進する措置等を講ずることにより、市民生活の安全と平穏の確保を図り、もって国民の自由と権利を保護することを目的とする。」(一条)ものである。そこで、暴対法は、暴力的要求行為(九条)、加入の強要等(一六条)及び事務所等における禁止行為(一八条)をした者を処罰するのではなく、指定暴力団等の暴力団員が右の暴力的要求行為等を行うことを禁止した上、都道府県公安委員会による中止命令等によって違反の是正を行い(一一条、一七条、一九条)、その命令に違反した者に対して刑罰を科する(三四条、三五条)ものと定めている。また、暴対法は、指定暴力団等の相互間に対立抗争が発生した場合には都道府県公安委員会が一定の期間当該指定暴力団等の事務所の使用を禁止でき(一五条)、その命令に違反した者に対して刑罰を科する(三五条)ものと定めている。そのため、暴対法は、指定暴力団または指定暴力団連合の指定を先行させる(三条、四条)が、指定暴力団に指定された団体及びその構成員は前記のような不利益な取り扱いを受けることから誤った指定処分がなされることがないように聴聞(五条)及び確認(六条)の手続を経て指定処分をすることを求め、指定処分後に指定の要件が欠けた場合には指定を取り消さなければならない(八条二項二号)ものと定めている。そして、暴対法は指定処分に対する審査請求及び指定の取消しを求める訴えの提起を認めている(二六条)。

以上のような暴対法の目的、構造等にかんがみると、暴対法は、市民生活の安全と平穏を図るために都道府県公安委員会に一定の要件のもとに規制対象とする暴力団を選別させた上、その構成員に対する暴力的な行為等の中止命令等を行わせるほか、当該暴力団に事務所の使用を禁止する措置等を行わせることなどを主たる内容とする公法的な規制及び刑罰規定からなるものであって、同法二条が掲げる「暴力団 指定暴力団 指定暴力団連合」等の私法上の地位、私法上の法律関係の発生、変更、消滅等に関わる規定はなく、その目的からしてもそれらの私法上の権利義務関係を規律するものではないことが明らかである。

なるほど、暴対法二六条が一項において「三条又は四条の規定による指定に不服がある者は国家公安委員会に審査請求をすることができる。」とし、三項において「指定暴力団等の指定の取消しを求める訴えは、当該指定についての審査請求に対する国家公安委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない。」と定めているが、これらの規定も、指定暴力団等が暴対法上の前記公法的規制及び刑罰規定の適用の対象となる不利益を回避することを可能とする趣旨のものにすぎず、私法上の権利義務に関する争訟手続に備えたものではないのである。

これを本件についてみると、指定暴力団とされた原告は暴対法二六条の規定に基づいて指定に関する不法行為を巡る法律関係について権利能力を持つものではないから、暴対法二六条を根拠として民訴法四五条により当事者能力を認めるべきであるとの原告の主張は採用することはできない。

また、後に原告について認定するような組織を持つ団体に当事者能力を付与する法令もないから、結局民訴法四五条によって本件について原告に当事者能力を認めることはできない。

二  社団でない団体の当事者能力の有無について

1  民訴法四五条は「当事者能力、訴訟能力及び訴訟無能力者の法定代理は本法に別段の定ある場合を除くの外民法其の他の法令に従ふ。」と定め、同法四六条は四五条の言う「別段の定」として「法人に非ざる社団又は財団にして代表者又は管理人の定あるものは其の名に於て訴へ又は訴へらるることを得。」と定めている。

これらの規定の趣旨、体裁等、当事者能力が民事訴訟法律関係における基本的な地位であって、その要件等を画一的・明確に定める要請が強いことなどにかんがみると、民訴法四六条に定める「法人に非ざる社団又は財団」ではない団体は、「代表者又は管理人の定」があっても、民訴法上当事者能力がないと解釈するほかないところである。

原告は、原告のように「法人に非ざる社団又は財団」ではなくとも「管理人の定」があって第三者との間に紛争が発生した団体が当事者能力を認められることは便宜であると主張するが、民事上の紛争について原告のような団体に当事者能力を付与することは、これが一般的に便宜であるかどうかもたやすく判断をし得るものではない上、何よりも民訴法四五条の規定の趣旨に明白に反するものであって、到底肯認することはできない。

2  ところで、民訴法四六条に定める「社団」は、「団体としての組織をそなえ、そこには多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、しかしてその組織によって代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定している」ものを指すというべきである。

これを原告についてみると、原告は自ら民訴法四六条に定める「社団」でないと自認するほか、被告らもこれを争わない上、原告訴訟代理人南出喜久治作成の「資料説明書」、<証拠略>によれば、原告は伝統的家父長制度による擬制的血縁関係で構成されている団体であって原告代表者を親として、子及び弟並びに原告代表者の判断により構成員とされた準若中によって一家を形成し、原告の内規の制定改廃権限及びその他の決定権は原告代表者に専属し、その一切の決定事項が子及び弟らの多数決による意思決定に影響を受けることはないことが認められる。

してみると、原告は民訴法四六条に定める「社団」とは認められないから、同条及び同法四五条によっても本件について原告に当事者能力を認めることはできない。

第四結論

以上の次第で、原告は当事者能力がなく、本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大出晃之 磯貝祐一 平野双葉)

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